こづれづれ日記

ひよっこな私の訴え

最近、先生方を悪く書いている人のブログを見て、離れていった人が居ると聞きました。
その他にも似たようなケースの話を聞く機会がありました。

私はそれぞれに何があったのか詳しい事は分かりませんが、
その方たちは少なくとも初めは先生方に繋がれて、いろいろな助けを頂けたはず。
繋がれなければ頂けなかった暖かい心を絶対頂いたはず。
ですがそれを忘れるのでしょうか。
自分はやっている、言われた事はやったのにとか言いたいのでしょうか。

被害にあったとか他人に言う前に、自分が本当にやれていたのか、先生方のおっしゃる事を心から信じてやってきたのか、やったのに結果がなかなか出ないからと言って辞めただけなのではないのか、自問自答して欲しい。
なかなか見えない世界を信じろと言うのは、見えない私たちには難しいのはわかる。
でも初めに少しでもそういう存在を信じていたからこそ、先生方にお会いしたいと思ったのではないのでしょうか。
何かそういう見えない存在にすがったのではないのでしょうか。
答えを頂きたいと思ったのではないのでしょうか。

被害だとかいう言葉を使って訴えるより、まず訴えるその人自身に、人を思いやる暖かい心があるのかと問いたい。
先生方と同じくらい人を助けたいとか、人を思う暖かい心、自分の時間を割いてでも、家族と過ごす時間を割いてでも、助けて欲しいという人たちをまず優先してその人たちの為にいろいろな事をしているという事をわかっているのかと問いたい。

こんなに人を思いやりこんなに人の為にいろいろな事をされる方々を、私は生まれてこのかた出会った事がありません。
悪く言う人たちはこんなに暖かい心を持った方々に他に出会った事があるのでしょうか。

私は別に先生方を悪く言う人達を責める気持ちはありません。
ただもう一度、先生方がそれまでご自身にして下さったいろいろな事や言葉を、思い返してみて頂きたい。
そして主観でものを言い過ぎてないか考えて頂きたい。


今強く感じている思いを徒然なるままにここに書かせて頂きました。
“人を指差しても、3本の指は自分の方を指している”
これは昔先生が教えて下さったお言葉です。
自分への戒めとしても、ここに記させて頂きます。

今日も先生方スピリット様宇宙に感謝を忘れず。
同じくらい戒めも忘れず。
毎日有難うございます。



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先日この原稿をブログに載せて頂く許可を得ようとしたところ、先生から私に矛先が向くかもしれないからと言って、許可を頂く事ができませんでした。
先生は私を守ろうとして下さいました。
先生は本当に心優しいお方です。
でも私は先生方に助けて頂いた大人数の中の一人として言わずには居られませんので、そして声を大にして言いたいので、本日載せさせて頂きます。


ご覧頂きまして有難うございました。

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