こづれづれ日記

宇宙の法則

やった事は必ず返る、本当にその通りだと思います。

私はずっと母親から

「あんたなんか産まれてこなきゃよかった。」
「あんたを産んだのは間違いだった。」
「あんたの顔を見るのもうっとうしい。私の目の前から消えて。」

などと言われて育ちました。
こういう言葉しか思い出せません。
母から褒めてもらった言葉の記憶はありません。
母から聞いていたのは
兄か父親の愚痴か、私のことがうっとうしいという言葉。
こういう言葉を言われても
私は母親に愛されていると思っていました。

母とケンカをした兄は
私に八つ当たりをして私は兄に蹴りを入れられました。
私は壁に激突しました。
あまりの痛みでうずくまって動けない私に誰も何も言いませんでした。
目の前で一部始終を見ていた母は
兄を叱ることさえもしませんでした。
何事もなかったように兄は自分の部屋に戻り、
母は私のことは視界に入ってもいないように普通にしていました。
私は痛みをこらえながら自分の部屋に行きました。
あまりの痛さで息をするのも苦しかったので、
翌日に病院に行きました。
肋骨を骨折していることがわかりました。
こんな家族の中で私は育ちました。
それでも子供を愛さない親はいないはずと
私は信じていました。

現在私の母親はすでにこの世にいません。

「私の目の前から消えて。」

と私に言っていた母の方が消えてしまいました。

やった事は必ず返る。
宇宙の法則は、本当にあるのだと思います。
先生に教えていただいて
少しずつわかるようになってきました。

カルマの渦から出していただけたことを、
大変ありがたく思います。
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忘れない

先生は起こった奇跡を常に新鮮に保つよう、忘れないように心掛けをされているとお聞きしました。

「人は忘れやすいもの」

先生は私たちにそれでも忘れないようにするコツを
ワークショップで教えてくださいました。

しかし私はコツを教えていただいても
ポーンとそのコツをも突然忘れてしまうことがあります。
この忘れてしまうという自分の弱点を直すよう努力中です。


どうして私は先生からコツを教えていただいても忘れてしまうのだろうと考えていた時に、
小さい頃の自分を思い出しました。


私は小さい頃に辛い現実を見えなくする為に
その辛い事を忘れる技を自ら覚えました。
大げさなようですが、この技が出来たから大人になるまで生きてこられたのかもしれません。

その技というのは
母からの言葉、兄からの言葉や態度で傷つき辛いことがあっても、
その思いを家族や親戚含め誰にも言えないので
ぐっとその思いを心の中にしまったのですが、
心にしまったことをずっと覚えていたらもっと辛くなるだけだったので、
心にしまった辛いことは無かったことにして忘れていくというものでした。
そして小学生の時に
「笑う門には福来たる」
という言葉を覚えた私は、常に笑っていればいいんだ、そうすればきっと良い事が来るんだと思い、
どんなに辛いことがあっても
心の中にしまった辛い思いを忘れさせるほどに笑顔を作って、
自分自身の心をどんどん麻痺させて生きていました。

今になって思えば
子供時代に家族と毎日生活する中で、
私が家族から可愛がられていないこと、
精神的虐待を受けていたことに
気づかないまでに自分自身を麻痺させたことは
普通に考えてその行為自体がおかしいし、私は完全におかしくなっていたのだと自覚ができます。

大人になってからですが
ある日兄から
「お前ってほんと、バカだよな」
と言われました。
その時は内心
「バカな人からバカって言われたくない」
と思いながら
私は兄に対し何も言い返しをしませんでした。
でも今私はこのことを思い出すと
ものすごく悔しいのです。
なぜかというと、私は小さい頃に兄から性的虐待を受けたことがあるのです。
そのことさえも心の中の引き出しの奥の奥深くに入れて、完全に封印していました。
辛すぎることだから忘れようとしていました。
そして実際に忘れていました。
自ら取得した忘れる技を使って何も無かったことにして私は生きていたのです。
でも兄は覚えていたはずと思います。
人をバカにするしかできない人から私は傷つけられ
直接バカと言われてもピンとこなかった私は
本当に悔しいけど兄が言った通りのバカだった思います。

このような辛い現実は先生に繋がれるまで決して思い出すこと、気づくことはありませんでした。
先生はなかなか自分自身のことに気づけない私に
五次元スクール、ワークショップやお電話セッション、そして人のふり見て我がふり直せというように人の例を見せてくださるなどのいろいろな形で
私が気づけるよう教えをくださいました。
先生に繋がれた奇跡から今も現在進行形で
自分の過去を思い出すことによって、
気づいていくこと、私の深い根っこの膿を剥がしていくことをずっとしております。
それをすることで生きていることを幸せに思えるようになってきています。
この兄からされた辛いことを思い出すのに
先生と繋がれて何年かかったか・・・。
自分に起こったことなのに思い出すまで本当に時間がかかりました。
そのくらい私の麻痺はすごかったと思います。
しかし先生はこんな私に何年も何年もかけて教えをくださいました。
この作業をしないと本当の幸せにはなれないのだと自ら経験しながら思います。

私は辛いことを思い出したのでその時はなんとも言えない衝撃が自分の中でありましたが、
悪いことをされたことを忘れてその事実に気づけずにいたら、私は真の意味での幸せにはとうてい辿り着けなかったと確信します。
先生に繋がることにより気づくことができた私は本当に救われた、幸せだと心からありがたいと思っています。

私の麻痺はまだ完全には治っていません。
まだ狂っているところがあると思います。
今迄も何度か私はもう大丈夫、もう正常と勘違いして思ってしまうことがあったのですが、
今ではまだ私は完全には麻痺から治っていないと
素直に納得できるようになりました。

父と兄は健在ですが私はこの人たちともう会うつもりはありません。
この人たちから私はとことんなめられてバカにされました。
そのせいでまだおかしくなってしまっている分を回復させて
昔の自分とは全く違う自分になることで虐待をした兄とそれを知りながら何もすることがなかった父を
必ず見返したいと思います。
私はこの人たちとは違う道を選び幸せになると決めました。
先生の元、正しいことを勉強させていただきます。


最後になりますが
忘という漢字は
心に亡と書くのですね。
自分の意思で心をなくすという漢字の意味があるようです。
これからは自分の意思で心をなくさぬよう
心を育む勉強を息子と共に五次元スクールで一生させていただきます。

心を学ばせていただける学校を本当にありがとうございます。
私は幸せに生きる道を教えていただけてただただありがたいです。
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私がいま一番コワイこと

先生のブログ(言葉の伝え方)を拝読し
ブログを書く手が止まっている私に大変勉強となるお言葉をいただきました。
先生からだけではなく
皆さまのブログからも教えていただくことが多い毎日です。
ありがとうございます。


私が生まれ育った家庭環境では
兄が汚い言葉を使い、
そして今思えば母もあまりきれいな言葉を使っていなかったと思います。
母方の祖母が俗に言う江戸っ子で、母を含め母方の親戚はみんな、口が悪いと言いますかきれいな言葉を使うような人はあまりいませんでした。
母方の祖母が「みんな口は悪いけど、心はいいんだから。」と言っていましたが
、祖母が認めるほど確かにみんな口は悪かったと思います。心はいいんだから。のところは確かにとはいえず、疑問だらけです。
私は家では無口だったのですが、きれいではない言葉を聞いて育ったおかげで
自然にスラスラと汚い言葉が出るときがあります。
例えば子どもが何度言っても言うことを聞いてくれないとき(子どもを叱る時)が多いと思います。
自分で言ってしまった後に
あの母の嫌な言い方とそっくりな自分に
あー本当に嫌だ、と自己嫌悪に陥ります。
しかし今は言わないよう努力中です。


子どもを叱ることについて考えてみました。

私は親に自分が高校を卒業するまでは
あまり叱られたという記憶がないのです。
兄がよく母から叱られていた姿を見ていたので自分は母に叱られないようにと生活していたと思います。
そこには未だにですが、
叱られる事が怖い事と思う自分がいます。

どうして叱られる事が怖かったのかを考えてみると
母の叱り方は感情的と言いますかただ怒っていたのだと思います。
なんで私の思う通りにやってくれないの!
なんで私の言うことを聞いてくれないの!
という感情がものすごかったですし、兄同様感情的に大声で怒鳴り合うその声が子どもながらに恐ろしかったのです。
遠い記憶ですがあの時の二人の言い争いが鮮明に耳に残っています。
あの頃あまりに二人の言い争いがすごくて、また言い争いが始まるかと思うと、隣の部屋にいた私は怖くてドアを閉めて胸の鼓動がドクドクしながら耳を塞いだこと、
そして耳を塞いでも言い争いが聞こえてくるから耳を塞ぎながら自分の声を「あー、あー」と出してことを思い出しました。

そこで気づいたのですが、
先生は決して私に母のような叱り方をしないと思いました。
汚い言葉なんて皆無です。
感情的になる怒鳴るなどもありません。
冷静に諭してくださると言うのでしょうか。
それなのに先生から叱られた時の脳天から何が刺さったような、そして胸にも何かが刺さったような痛み。
背筋がピンと伸びるような感覚。

先生はご自身に何より厳しく、
有言実行を絶対され、
分刻みのスケジュールでも自分のことを何より後回しにされ、
家族をも犠牲にされクライアントのことを最優先にされ、
どこまでもいろいろなところにご配慮をくださる方、
そのような方からいただくお叱りは
感情的でもない威圧感もないきれいな言葉からのものなのに
ものすごくズシンと心身に響きます。
説得力があると言いますか、何も言い返せないと言いますか、もう自分の間違いをただ認めるしかありません。
素直にそう思います。

叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である
と言う言葉がありますが、
その叱ってくださる方が先生のような尊敬する方からであれば
叱られることがこんなにありがたい事はないと思います。

私は大人になって母や父から叱られた時、
あなたに言われたくないと強く思ったことを思い出しました。
親からの言葉には説得力も無く、ただ世間体を気にして、私の行動が近所の人に悪く思われないようにと願うことばかりだったことを今思います。
子供の頃からずっと親を冷静に見ていた私には両親を尊敬するなどの気持ちは無かったのです。

もう私の息子は私のこと、そして大人を見抜いていると伺いました。
息子を間近で見ていて、その通りだと私にもわかる時があります。
そして何より先生のことをものすごい存在とわかっています。
息子からあなたには叱られたくないと思われないように
私自身が変わっていく努力を続けていくのみです。

私は叱られることが怖いと書きました。
でも先生からの場合、叱られることよりなにより怖いことは、
先生が何もおっしゃらない時だと思います。
叱られない時、静観と言うのでしょうか。
これは本当に怖い。
お叱りという名のお言葉をいただく前に
やることをやっていないと・・・・。
自分が言ったことをやらないと・・・・。
すべてが自分に返ってくるのです。

今の私には叱られるという事よりも
その前の段階が一番の恐怖に変わりました。


恐怖を意識すること、
健太さんから受けたチャネリングでお言葉をいただきました。

今日もやり続けます。
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親の影響

子どもは親を見て育つといいます。
私自身もそうでした。
親の言うことを全部信じます。
私自身もそうでした。

自分の記憶がはっきりしているところで
前回のブログに
自分が5歳の時に
もう親にはわがままを言ってはいけないと思ったことを
書かせていただきました。
5歳の時点でそう思ったくらいなので、
それよりももっと小さい頃から
何か自分の中で親に対して痛い気持ちがあったのではと思います。
そんな私でも外食するよりも
母の作るごはんが世界で一番美味しいと思っていたし、
母の事を一番すごい人と思っていたのでした。
母の言うことやることが全て正しいと
信じて疑いませんでした。

小学生、中学生、高校生になって
自分が家族のことで心が痛むことがあっても、兄妹で会話が無くても、
兄のことを家族全員がものすごい気をつかっていて「何かヘン」とは思いましたが、
それでも「うちはおかしい」という概念をあまり持っていませんでした。

大学生になってから、私の目の前の世界がグッと広がりました。
大学には全国いろいろなところの出身の人たち、帰国子女の人たち、一度社会に出たけど学生に戻った人など様々な人がいました。
私が仲良くなった友人の中には
同い年なのに毎年家族と旅行に行く男の友人、
しょっちゅうケンカをしながらも言いたいことを親と言い合う女の友人、
暴力は絶対にいけないこと言った男の友人、
兄妹でよくしゃべったり一緒に出かけたりする友人など
それぞれが私が住んでいた世界と違う世界の人たちでした。
このような友人たちとたまに家族の話をするようになったときに、
「うちって、かなりおかしい」
と気づくようになりました。

それからの私は
何かマグマが噴火したかのように
母に言いたいことを言うようになりました。
母は私には納得のいかない理由で
私をなんとか説得しようとしていました。
しばらくして私のことを手に負えないと思った母から言われたのは
「お兄ちゃんは今となっては落ち着いたけど、こんなに大きくなってあんたが反抗するなんて、
私はあんたの育て方を失敗した。」
という言葉でした。
この言葉にはかなり傷ついたのを覚えています。

先生方にお会いしてからいろいろなことを思い出したり気づかせていただいています。
自分が親から言われて傷ついた数々のことを
心の中の引き出し深くに入れてしまいこんでいました。
そしていつの間にかその引き出しがあることも忘れるほどに自分自身を麻痺させて、
空元気に気合いだけで生きていたことを思い出しました。

気づいた私は今、
親の放つ言葉がどれだけ子どもに影響するかを
身に染みて感じています。

私には5歳を過ぎた息子がおります。
私が5歳のときの記憶を持っているくらいですから
息子が大人になったときも私が現在言っている言葉や態度を
しっかり覚えているということになります。

先日のお電話セッションで
私が息子に対して無意識に放っていた言動を先生から指摘されました。
自分では気づいていないところですからお伝えもしていませんでした。
ですが指摘されたことを思い返してみると確かに心当たりがありました。
この"無意識"というのが本当に怖いもので、
無意識で自分が小さい頃に親から言われて言い返せなかった嫌な言い方と同じ言い方を、息子にしてしまっていました。

先日先生から教えをいただいてから、
今は自分の言動に今まで以上に気をつけています。

しかしながら何十年もかけてこの私の身体に染みついた
親からの嫌な言動が消えていなくて、
たまに無意識にボロッと出る。そして気づく、その言動が怖くて、
自分がいやになることがあります。

無意識だとしてもやってはいけないことをやってしまう私に先生は
子どもを鏡として戒めて生活するようにとさらに教えてくださいました。
息子には私が小さい頃に味わった嫌な思いをさせないように、
先生からしっかり学ばせていただき、自分を変えていくのみです。

無意識にやってしまう自分を意識して同じ失敗を繰り返さないように
一日一日やり続けます。
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自分の気持ちをうまく伝えられない理由

自分の中の恐怖と向き合いました。
このブログを書くのに
時間がかかりました。
書いてはつらくなって、書いている途中でやめるという行為が何日か続きました。
そして書けるだけを書きました。


私には年子の兄がいまして
私の家族は兄が長男だからという理由、
そして兄とは一年離れずに私が産まれたことで、
兄をまず一番に可愛いがろうという事が家族会議で決定した為、
兄が中心という家庭でした。
その理由以外に
母は私の顔が自分の嫌いな夫、つまり私の父親に似ていたので、私のことが好きではなかったと思います。

記憶にあるところで
すでに5歳の時から
私は親に自分の思いを言えなくなりました。


・5歳の時に母から
「兄はわがままだけど、あなたは我慢強くて偉いわね~。」
と言われたのを覚えています。その時がきっかけで
私はもうわがままは言ってはいけないと思いました。

・母と祖母がいろいろしゃべっている横でおやつを食べていると
私がその話しを聞いていると思った母は
「いい、このことは誰にも言っちゃダメよ」
と言われることが多かった。
未だに人と話しているときに、聞いた事実があっても、それは人に話していいのかどうか迷う。

・母方の叔母の家に遊びに行くと、
母親似の兄はみんなから可愛いと言われ、父との関係が良くなかった母は父の愚痴を叔母にこぼしては、父の顔に似た私をみんなでジロジロ見ていた。
私は自分が否定をされている気がして、ますます何も言えなくなっていった。

・母は近所でも親戚との集まりでも友人などとも、とにかく誰とでもよくしゃべる人だった。
私は母と一緒にいると、そばでそれを見ているだけで何も言うことはなかった。
なので私は周りの人たちからおとなしく無口な子と思われていた。

・中学の時に兄が不良の仲間に入り、学校から兄が同級生に暴力を振るったために母が呼び出されるなどで母にストレスがたまっていたころ、
具体的に何があったかは思い出せないのですが、
兄が母の態度について文句を言ったことがありました。
その時、兄が言ったのと同じようなことを私も母に思い切って言いましたら
「あんたまでそんなことを言って…。」
と泣き出されました。
私の思い切ってやってみた自分の言いたいことを伝えるという行為は、母に泣かれるという結果の為、
もう二度と母にも誰にも何も言えないという思いで終わった。

・一緒に住んでいた父方の祖母については、いつか祖母が死ぬことを考えただけでも泣いてしまうくらい私は祖母が大好きだった。
小さい頃、私は常に祖母と過ごしたおばあちゃん子でした。
そんなある日、母は私に
「おばあちゃんはあんたよりもお兄ちゃんの方が可愛いと思ってんのよ。」
と言われた。ものすごくショックだった。
おばあちゃんにも私の思いは話せないと思った。

・仕事で帰りが遅い父以外のみんなで夕飯を食べた後、
母は父が帰ってきてから父の晩酌に付き合ったり、もしくは友達か親戚の人と長電話をするかの人だったので、私は母との会話は無かった。
私は部屋に一人でこもっていた。


以上、思い出したことをざっとまとめてみました。
こんな環境で育ちましたので、
私は人に言いたいことを伝えるということが、うまくできないのです。
何かを言おうとすると緊張して
力が入ってしまいます。
そして私が言いたいことを言うことで
相手に悪くとられたくないと思う気持ちが強く入ります。
伝える内容に関わらず自分の気持ちを正直に言うと、
相手が気分を害すのではという思いが先にきて、言いたいことが言えないことが多いです。
自分が人から言われたことに傷ついても
それを傷ついたと話すことで
相手が気分を害すのではと思い、怖くて
つい自分の気持ちを隠してしまいます。

私さえ黙っておとなしくしていれば、
私さえ自分の気持ちも何も言わずに生きていれば
これ以上傷つくことなく生きられる
という気持ちで長く生きていましたので、
いざブログを書くなどの自分の思いを伝えるという行為は
とても苦手です。

でも、私は今
先生の所へたどり着いた軌跡をきちんとお伝えしたいと心より思っております。
先生たちに繋がれた結果、
あれほど不健康な環境で生きていた私が生まれ変われました。
これは奇跡としか言いようがありません。

先生にお会いできて
心の暖かなやり取り、そして正しいことを学べております。
家庭ではもちろん、学校でも社会に出ても誰も教えてくれなかったこと、今学べていることは
私が幸せになるための教えだと思います。
本当に幸せです。
私には先生の教えが何よりもありがたいのです。

これからこのブログの中で、自分の言いたいことを言えるように励みます。
そして先生たちやよくわからない不思議な世界のことを私はわからないなりにも
きちんとお伝えしていけるよう精進して参ります。
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