こづれづれ日記

自分の失敗から思うこと

人の事というは、よく見えるものです。
しかし自分の事というのは、よく見えないものだと思います。

人のふりを見て、自分はそうはならないよう気をつけようと思う出来事があったすぐ後に、
その人のふりと同じ事を私はしてしまっていたのでした。

同じ事をしていると教えてくださった先生からのお言葉は、とても耳が痛かったです。
そしてまた同じ失敗をしてしまったことで耳だけでなく胸まで痛かったです。
しかし、伝えて下さった言葉はその通りということでした。

どんなに痛くても、自分の間違いを教えてくださる方がいる事の大きさははかりしれません。
これまでの自分の歩んできた道を振り返れば、明らかにわかることです。
例えば、

自分が関わる(親兄弟も含めて)周りの人からいつもバカにされて生きていたから、
先生が教えてくださらなければ、自分はここまで幸せになれていません。

ストレスを抱えていた私と同じように子供もストレスを抱えていたと思いますが、
そこまで思ってやれる心のゆとりがなかったために子供は心身に影響が出ていたから、
今のように息子と笑いながら仲良く共に生活出来ていません。

昔のままの自分だったら絶対に今の幸せがないことがわかります。

相当悲惨なことになっていただろうと容易に想像できます。

それを思うと先生にお聞きできることがありがたいです。

自分も息子も幸せに生きていられることがありがたい
と切に思うのです。
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