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こづれづれ日記

お水やりを経験して 前編

先生が毎日長い時間をかけてされるお水やりに、 
私は何回かを経験させていただきましたが、
この数回のお水やりの中で強く感じたことは 

『毎日、毎日、積み重ねることの大事さ』 

でした。 

数日のお水やりでしたが
太陽がジリジリと照りつける日もあれば、 
にわか雨が降っては止んでと繰り返される日、 
風がものすごく強い日など 
様々な天候の日がありました。 
先生からはお水やりをしなくても済む水量の雨などなかなか降らないと教えていただきました。 
ハワイのにわか雨程度では芝生の根っこにも大きな葉の下の土にも水は届かないということで、 
どんな天候でもほとんど毎日欠かすことなくお水やりをされていることを知りました。 
しかもお水やりをされるだけではなく、 
雑草を抜き、落ちた葉っぱやお花を拾われるのです。 
私が連続して伺ったとき、 相当な量の葉っぱやお花が落ちていました。 
これを毎日拾わなければ、次のお水やりのときに落ち葉を拾うことがもっと大変になり、 
落ちている葉っぱを拾わなければ  その下の芝生に水がかからない。 
だから毎日お水やりと落ちた葉っぱやお花を拾われる。。。
本当にこれを毎日やるというのは、労力がものすごく必要であり、並大抵のことでは無いのです。

 「評判を落とすのは一瞬でできること、評判を積み上げるための努力は毎日必要。」 

先生はそう教えてくださいました。
これは自分自身のことにも、仕事の場面でも、そしてお水やりにも全てに通じるお言葉だと思いました。 
毎日の地道な努力。ひたすらこの積み重ね。
暑かろうが、寒かろうが、風が強かろうが、疲れておられても、忙しくても、毎日お水やりをされて
いらっしゃるからこその、
先生が心をこめて積み重ねられておられるからこその
先生のご自宅のお庭や植物が緑豊かで生き生きとされているということ。
毎日の積み重ね。
これしかないのだ 
と、お水やりを実際に経験して感じました。 

小さくても毎日やると決めたことを続けてきている自分ですが、 
自分のやると決めたことは 
先生の毎日のお水やりほど決して長い時間はかかりません。 
しかも自分に決めたそれはすべて自分に対してのことであって、自分以外のためのことではありません。 
先生の毎日されているお水やりというものを少しだけですが知ったとき、 
私が自分でやると決めたことをできないという選択肢は 
もう絶対に無いと思いましたし、 
自分のことばかりである自分に気づきました。 

先生はお水やりをされた後に 
大人数のセッション(最近では一度に15名様以上のセッションを休憩無くされます)、 
書き物やクラスなどと 
休む事なくすぐにまた違う他のことで動かれます。 
常に他のこと、クライアントの為のことで 
ご自身の動きを止めません。 

しかし私は毎日ではないお水やりを終えて家に戻ると、 
身体が疲れてしばらく座ったまま動けませんでした。 
すぐに次へと動かれる先生を想像したら、なんとも自分が情けないと思いましたが、
私にはもっと時間はあるし、子供も一人だけしかいない、
もっともっと動けるし、もっともっとやれるはずであると、痛感しました。 


次回に続きます。 
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