こづれづれ日記

お水やりを経験して 後編

先生のご自宅のお水やりを経験して、 
もう一つ強く感じたことがあります。 


先生からお水やりのやり方を教えていただく前のことですが、 
「今、水やりをしてました。」 
と先生からお聞きしたことがありました。 

私はこの「水やりをしてきました。」とだけのお言葉に対し、 
あまり深い気持ちを持てていなかったのです。 

しかしこの 
「水やりをしてきました。」 
いう短い言葉の中には、 
"長時間をかけてお水をたっぷり与えて 
落ち葉も拾って 
落ちたお花も拾って 
雑草も抜きました" 
ということが含まれていたのです。 

先生は決してご自身がされたことを多く、いや、ほぼ全てを語らない方だというのを、 
今回お水やりの経験の中で強く感じました。 

実際に先生が毎日されているお水やりを私がしたのはたったの数回でしたが、 
ものすごい長い時間、労力、そして忍耐力が必要であるとわかりました。 
でも先生はそれを決してアピールされません。 
これはなかなか他の人にはできないことでは、と思いました。 

このお話をオタッキーさんと共有する機会がありました。 
先生は他にもご自身がされたことを簡単な言葉でお話しされることが本当に多いと 
オタッキーさんはおっしゃっておりました。 

私は先生の 
「水やりをしてきました。」 
のお言葉の中に 
どれだけの時間や気持ちをかけたことに 
全く気づくこと、考えること、思うことができていませんでした。 

先生はご自身がされたことを決してひけらかさないし、アピールを強くされませんので、 
今でも先生が私の知らないところで、私のためにしてくださったことがたくさんあるのだと想像します。 

先生に助けをいただいている私は、決して先生からそのお伝えがなくても 
先生がしてくださっている影の大きな支えを思い、それに対して誠意を見せていくことを 
ずっとやり続けていくということ。 
これは当然のことだと思いました。 
そしてまたここで 
”他を思う”ということ、言い換えれば思いやりというものが私には欠けていたということに気づきました。 
恥ずかしいですが、事実です。 


お水やりという機会で教えていただいたことは他にもまだありますが、それらすべては 
私の一生の財産として持ち続けます。 
この経験から、学んだことを忘れず 、しっかり見せ続けていくことが私の最低限の恩返しだということを
頭だけでなく体でも理解できました。
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